和歌山地方裁判所 平成元年(行ウ)5号 判決 1991年10月30日
原告 和田浅枝
被告 田辺労働基準監督署長
代理人 豊田誠次 松原住男 樽井保 中村晃治 ほか三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、昭和六一年五月一二日付で原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料の支給をしない旨の処分を取り消す。
第二事案の概要
一 原告の夫の和田萬男(以下「萬男」という。)は、株式会社君嶋組(以下「君嶋組」という。)が和歌山県から請負った周参見漁港修築工事(以下「本件工事」という。)の潜水作業に従事していたところ、昭和六〇年一二月二五日午後一時頃、海面下約六メートルの海底に潜水し、起重機船から吊り降ろされた消波ブロック(一五トン四方錐ブロック)の据付作業中、右ブロックと既据付ブロックとの間に頭部ヘルメット部分を狭圧され、脳挫傷により即死した(以下「本件事故」という。争いがない。)。
二 原告は、萬男死亡当時、同人の収入により生活を維持し、その葬祭を行ったものである(<証拠略>)。
三 原告は、昭和六一年一月一六日、被告に対し、労働者災害補償保険法に基づき遺族補償年金及び葬祭料の請求をしたところ、被告は、同年五月一二日、原告に対し、「萬男は被災時、下請施工する事業経営者として就業していたものと認められ、労働基準法九条の規定による労働者と認められない」との理由で、遺族補償年金及び葬祭料の支給をしない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。
原告は、昭和六一年六月三日、本件処分に対し、和歌山労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたところ、同審査官は、同年一一月四日、これを棄却する旨の決定をした。
原告は、右決定に対し、同年一二月一九日、労働保険審査会に再審査請求をしたところ、同審査会は、平成元年七月二八日、これを棄却する旨の裁決をし、右裁決書謄本は同年八月一七日に原告に送達された。
(争いがない)
四 争点(本件処分の違法性)
萬男が労働者災害補償保険法の適用を受ける労働基準法九条の労働者に該当するか否かが争点である。
第三争点に対する判断
一 本件工事及び萬男の潜水作業の内容
1 君嶋組が和歌山県から請負った本件工事の内容は、四方錐ブロックの製造、海中に基礎捨石を投入して盛り上げ、その上に二基のコンクリートケーソンを据付けて、その中に砂を詰め、コンクリートで蓋をして堤防として、旧堤防を二四メートル延長すること、外海側に消波四方錐ブロックを据付けることであったが、四方錐ブロック、ケーソンの製作の関係が、昭和六〇年八月二日に同年度第七号の工事(工期が同月三日から同六一年一月三一日まで、代金九七五〇万円)として、ブロック、ケーソンの運搬、据付の関係が、同六〇年一〇月三〇日に同年度第七号の二の工事(工期が同月三一日から同六一年三月一〇日まで、代金三一〇〇万円)として、それぞれ契約された(<証拠略>)。
2 本件工事には、次のような海中の潜水作業が含まれていた。
(一) 基礎捨石均し(水中に沈められた基礎捨石を均す作業)
(二) 被覆石均し(均した基礎捨石の上を被覆石で覆う作業)
(三) 被覆荒均し(被覆石を大雑把に均す作業)
(四) 測量手元(君嶋組の現場監督が測量する間、水中で棒を立てたりする作業)、石入れ(石を水中の所定の位置に入れたかを立会って検査する作業)
(五) 一五トン四方錐取除き(水中の四方錐を取除く作業)
(六) ケーソン据付け(ケーソンの据付作業)
(七) 根固方塊据付け(波でケーソン部の根が荒れないように方塊を据付ける作業)
(八) 四方錐ブロック据付け(消波ブロックの四方錐ブロック一五三個を据付ける作業)
(<証拠略>)
3 君嶋組は、本件工事のうちの潜水作業部分を、長年君嶋組の仕事をさせてきた萬男に行わせたが、両者間で契約書は作成されず、昭和六〇年九月頃、萬男が君嶋組に提出した見積書に基づく両者間の合意により、同年一〇月から萬男が潜水作業に従事することになった(<証拠略>)。
萬男は、前項の潜水作業のうち、基礎捨石均し(前記2(一))、被覆石均し(前記2(二))、被覆荒均し(前記2(三))を「請負」と称される形態(報酬は平米当たりの単価三〇〇〇円の出来高払い、萬男及び同人が雇用する「テンダー」と称される作業補助者のみの単独作業)で、測量手元及び石入れ(前記2(四))、一五トン四方錐取除き(前記2(五))、ケーソン据付け(前記2(六))、根固方塊据付け(前記2(七))、四方錐ブロック据付け(前記2(八))を「常雇」と称される形態(報酬は日当五万円で計算、萬男及びテンダーと君嶋組従業員との共同の作業)で従事した(<証拠略>)。
二 本件事故当日の作業の状況
1 本件工事は、昭和六〇年一二月二二日から、四方錐ブロック据付け(前記一2(八))の作業にかかり、右作業は同月二四日、二五日(本件事故当日)と続けられたが、その作業内容は、起重機船(第三君嶋丸)に積まれた一個一五トンの四方錐ブロックを同船設置のクレーン(最大吊上荷重五一・二トン)で吊り、海中に据付けるものであり、右クレーンの運転に起重機免許を持った水上武弥が、起重機船上での玉掛作業にその資格を持つ阪本茂及び田中啓三並びにその補助員の平尾英樹が、海中での玉子外し(四方錐ブロックから玉掛ワイヤーロープを外す作業)に萬男がそれぞれ従事し、海中の萬男と電話線及びエアーホースで繋がっているダイバー船(萬男所有)を右起重機船に繋留して、テンダーの爪田和男が同船上から海中の萬男との連絡に当たり、君嶋組の現場監督の君嶋豊が堤防上から作業全体を見ていた(<証拠略>)。
2 本件事故当日は、午前九時から作業が開始され、午前一一時半までに四方錐ブロック一二個が海中に据付けられ、昼休み後の午後零時三〇分に作業が再開されたが、午後一時頃、当日午後二個目の四方錐ブロックの据付作業中に本件事故が発生した(<証拠略>)。
三 君嶋組の指揮監督について
1 前記一3のとおり、萬男の作業形態には、「請負」と「常雇」の二つがあったが、「請負」の作業は、萬男とテンダーのみにより、萬男所有のダイバー船を使用してなされ、君嶋組がこれを手伝うことはなかったが、「常雇」の作業は、テンダーを指揮し、ダイバー船を使用しての萬男の潜水作業のみによってはなし得ず、これに加えて君嶋組の起重機船、クレーンを使用し、君嶋組の従業員と共同で作業することによってなし得るものであった(<証拠略>)。
2 君嶋組の作業員と共同してなされる「常雇」の作業については、君嶋組の現場監督の君嶋豊が萬男に、作業中波が高い場合や風が強い場合に潜水作業を止めて水中から上がるように指示することがあったが、それは海中の状態が作業に危険か否かについての萬男からの連絡に基づいて、右現場監督が決定していた(<証拠略>)。
3 本件事故当日も含めてなされた四方錐ブロック据付作業につき、君嶋組の現場監督は、堤防の上から起重機船に(したがって、直接的には君嶋組の作業員に対して)玉掛作業をやり直すよう指示することがあったが、萬男に対しては、たまに同船上のテンダーを通じて、吊り降ろす四方錐ブロックが斜めになって危険であるから気を付けるよう注意を喚起することがあった(<証拠略>)。
4 しかし、君嶋組の現場監督は、「常雇」の作業についての作業工程を工事前に萬男と打ち合わせており、本件事故当日の作業についても四方錐ブロックの据付場所を指示していたので、作業中には余り細かい指示はせず、潜水中の作業に詳しい同人にその作業方法を任せており、同人は、君嶋組のクレーン運転手、玉掛作業員へのロープの上げ下げについての指示をテンダーを通じて行っていた(<証拠略>)。
5 また、君嶋組は潜水作業についての健康管理、潜水時間の管理を萬男に任せていた(<証拠略>)。
6 なお、萬男に事故があり潜水作業に従事できないときは、萬男の責任で他の潜水請負業者に代わってもらっても、見積書の範囲内では構わないとされており(<証拠略>)、その限りでは、労務の提供に代替性があったといえる。
四 作業時間、作業場所について
1 君嶋組は、「請負」の作業について、萬男に作業時間を指定しなかったが、「常雇」の作業の場合、作業日時を萬男に任せていたのではなく、君嶋組の現場監督が工程の都合により決定し、作業時間は君嶋組の一般従業員の勤務時間(午前七時三〇分から午後四時三〇分まで)を準用し、休憩時間も一般従業員同様に午前一一時三〇分から午後零時三〇分であった(<証拠略>)。
「常雇」の作業で、萬男が車の故障で作業時間に遅れることがあったが、その場合には萬男から君嶋組に事前に連絡があり、君嶋組の現場監督は事情がある場合は萬男が作業時間に遅れるのも仕方がないと考えていた(<証拠略>)。
しかし、「常雇」の作業の作業時間、休憩時間が一般従業員と同様であったのは、萬男の潜水作業に加えて、君嶋組の起重機船、クレーンを使用して、君嶋組の従業員と共同で作業がなされる必要があったことによるものであった(<証拠略>)。
2 君嶋組では、萬男に対する報酬支払の際に確認するために、現場監督が萬男の作業日数、作業時間を野帳という帳面にメモしていたが、君嶋組の一般従業員には、朝、会社に集合させ、出勤簿に記載させていたのに対し、萬男には、会社の出勤簿には記載させず、直接現場に出てきてもらっていた(<証拠略>)。
3 萬男の勤務場所は、君嶋組の現場監督と萬男が打ち合わせて決めていたが、本件工事の作業工程から必然的に決定されるものであった(<証拠略>)。
4 萬男は、潜水作業のない日に出勤せず(<証拠略>)、休業の日に君嶋組の別の陸上の仕事に従事することはなかった(<証拠略>)。
契約の際に萬男が君嶋組に提出した見積書には、「常雇」の作業として「測量手元、同石入れ(三日)」、「其の他の水中工事作業」と記載されていたが、萬男が報酬の支払を受けた「常雇」の作業は、測量手元、同石入れ(見積書どおり三日間)のほかに、右水中工事作業に含まれる四方錐取除き(昭和六〇年一〇月一一日の一日と同月一二日の半日)、ケーソン据付け(同年一一月二〇日の一日)、根固方塊据付け(同月二二日の半日)、四方錐据付け(同年一二月二二日、同月二四日、同月二五日の三日間)の潜水作業に限られ、萬男が見積書記載の潜水作業以外の作業に従事することはなかった(<証拠略>)。
五 報酬の支払について
1 前記一3のとおり報酬は、「請負」の作業が出来高払いにより、「常雇」の作業が日当により支払われたが、萬男に実際に支払われた報酬は、「請負」が二三四万円、「常雇」が四五万円で(<証拠略>)、全体の八割強が「請負」すなわち出来高給である。
2 君嶋組は、「常雇」の作業の場合、萬男が残業をすれば、残業手当を支給する予定であったが、実際に、萬男が残業することはなかった(<証拠略>)。
また、君嶋組は、萬男に遅刻、欠勤があっても、特に報酬を削らず、また、潜水作業を波が高いなどの君嶋組の都合で中止しても、萬男に休業手当を支給せず、実際に作業した日数分の日当しか支払わなかった(<証拠略>)。
3 「常雇」の作業の報酬が日当で計算されたことにつき、証人君嶋は、平米単価で報酬を決められないことによるものである旨供述する。
しかし、萬男は、本件工事の潜水作業に従事する以前から、これと同様の君嶋組の仕事に従事してきたが、本件工事の潜水作業では日当計算で報酬が支給されたブロックの据付け、取除き、根固方塊の据付けの作業に対し、昭和五六年度第一〇号及び同号の三の周参見漁港修築工事のときには、ブロックや方塊の個数当たりの単価を決めた上での出来高払いにより報酬が支給されていたので(<証拠略>)、これらの潜水作業の性質上、出来高払いの報酬計算が絶対に不可能とまではいえない。
また、本件で、当初、「請負」と「常雇」の作業を含めた全体としての潜水作業について、一つの見積書に基づき契約がなされ(<証拠略>)、報酬も「請負」と「常雇」の分が別々に支払われたのではなく、萬男は、これらをまとめた一か月分の報酬(毎月末日締め、翌月一〇日払い)を請求書で請求し、領収証を発行してこれを領収しているので(<証拠略>)、本件における「常雇」の報酬の日当計算は、「請負」部分も含めた潜水作業全体についての一つの契約の中での、出来高で評価しにくい作業についての報酬の一計算方法に過ぎないというべきである。
4 「常雇」の日当を五万円と決定したのは、萬男が見積書を提出して測量等の日当を五万円と見積もってきたからであるが、五万円の日当の中には、ダイバー船の使用料、燃料費、テンダーに対する日当等の経費も含まれており(<証拠略>)、その意味では、純粋に萬男の労務提供の対価に限られていたものではない。
六 和田潜水の実態について
1 萬男は、昭和五四年から自宅で潜水請負業を営み、営業上「港湾潜水請負業和田潜水」の名称を使用することもあったが、特に事務所を設けたり、自宅にその看板を掲げたりせず、営業専用の電話回線もなく(<証拠略>)、同五五年四月から満六〇歳で定年退職した同六〇年二月まで、株式会社廣畑組に潜水士として雇用され、月給の支給を受けていた(<証拠略>)。
2 萬男は、潜水士の免許を有し(<証拠略>)、潜水作業のためのダイバー船(汽船誠和丸)、潜水服、潜水用具を所有し、その点検、補修も行っていたが(<証拠略>)、同船は、昭和四六年頃、当時約一〇〇〇万円の価格に相当するものを、一八〇万円か二八〇万円で購入したものであった(<証拠略>)。
また、潜水作業には、潜水中の萬男とダイバー船上から水中電話で連絡を取るなどする作業補助者のテンダーが必要であったが、萬男は、昭和六〇年九月に爪田和男をテンダーとして雇い入れ、月給二〇万円を支給しており、同人は、君嶋組の本件工事のほか串本町での護岸工事に、萬男のテンダーとして従事した(<証拠略>)。
3 本件工事の関係で、萬男は、「請負」の作業のみならず、本件事故当日の作業も含めた「常雇」の作業についても、テンダーを指揮監督し、ダイバー船、潜水用具を使用しており(前記一3、二の事実及び<証拠略>)、君嶋組の現場監督からテンダーに対して、作業についての詳しい指示や、安全衛生面での指示がなされることはなく(<証拠略>)、テンダーとして使用する人員、これに対する報酬の額は萬男が決定していた(<証拠略>)。
また、君嶋組の現場監督がダイバー船の点検を行うことがあったが、一回だけであり、ダイバー船の修理費用は、萬男が負担し(<証拠略>)、前記五4のとおりその燃料代も萬男が負担していた。
七 君嶋組の認識及び取扱いについて
1 君嶋組の代表取締役や専務取締役は、萬男を、特に「常雇」作業の部分について、君嶋組の労働者と認識している旨労働基準監督官に供述している(<証拠略>)。
2 しかし、萬男には君嶋組の就業規則が適用されず、君嶋組では萬男に対する服務規律は特に決めていなかった。
また、君嶋組の従業員の六割が常雇人夫とされているが、これらの者には社会保険、厚生年金が掛けられていたにもかかわらず、萬男については、そのような取扱いはなされず、報酬は、君嶋組の支払経理台帳に他の下請会社に支払った分と同様に記載されて、賃金台帳に記入はなされず、税金の源泉徴収や社会保険の控除もなされなかった(<証拠略>)。
3 君嶋組は、萬男を君嶋組の専属と認識しておらず、潜水作業のないとき、工程上差し支えなければ、萬男が他社と契約して作業を行っても差し支えないと考えており(<証拠略>)、現に、萬男は、株式会社廣畑組に雇用されていた昭和五六年から、君嶋組の仕事に本件同様に「請負」と「常雇」の形態で従事していた(<証拠略>)。
また、萬男に他の建設会社の急な仕事が入った場合には、作業当日であっても、萬男の申し入れにより作業を打ち切ったり、延期したりして、現場監督と話し合いで作業日程を決定し直すこともあるとされていた(<証拠略>)。
八 まとめ(労働者に概当するか否かの判断)
1 以上認定の事実に基づき、萬男が労働者災害補償保険法の適用を受ける労働者であるか否かにつき検討するに、同法には、その適用を受ける労働者についての定義規定がないが、労働基準法に規定する労働者と同一のものをいうと解されるところ(この解釈については当事者間に争いがない。)、同法九条の労働者の定義規定に同法一一条の賃金の定義規定を併せ考えると、同法にいう「労働者」とは、労務提供の形態や報酬の労務対償性その他これに関連する諸要素を総合考慮した上で使用従属性の有無により決すべきである。
2 これを本件についてみると、本件事故当日の作業も含めた「常雇」の作業については、君嶋組の現場監督が作業中に萬男に指示を与えることがあり(前記三2、3)、また、萬男の作業内容(前記三4)、作業時間(前記四1)、作業場所(前記四3)が右現場監督との打合せにより決定され、右現場監督がその決定の主導性を有していた側面があるので、注文主が予め包括的な指示を与えるだけで、請負人の裁量に日々の工事が委ねられた典型的な請負契約(本件では「請負」の作業がこれに当たる)とは異なっているといえる。
しかし、「常雇」の場合でも、萬男は、潜水作業の具体的な遂行方法についてまで、右現場監督から細かい指示を受けていたものではなく、その作業の専門性から萬男の裁量に任されていた面も強く(前記三4)、作業中に右現場監督から萬男に対してなされた直接的な指示は、たまになされた危険に対する注意喚起(前記三3)と、萬男からの海中の状況についての連絡に基づいた上での作業中止の指示(前記三2)であり、健康管理や潜水時間の管理は萬男に任せられていた(前記三5)。
また、作業時間の拘束性について、萬男は、会社に出勤した上での出勤簿の記載まで要求されず(前記四2)、君嶋組の一般従業員ほど厳格な取扱いを受けていたものではなく、当初の見積書により予定された作業以外の作業に従事させられることもなく(前記四4)、見積書の範囲内での労務提供の代替性もあったのである(前記三6)。
そして、右現場監督が、萬男に指示を与えることがあり、萬男の作業内容、時間、場所の決定に主導性を有していたのは、「常雇」の作業が、君嶋組の作業員らとの共同の作業で、本件工事全体の工程に組入れられ、他の作業と切り離すことができない性質によるものというべきであるので(前記三1、四1、3)、これをもって、直ちに、君嶋組が、萬男の作業の遂行につき指揮監督を行っていたとみるのは適切ではない。
3 また、報酬については、「常雇」の作業に対する報酬が、日当で計算され(前記五1)、これについては残業手当の支給も予定されていたが(前記五2)、右日当の中にはダイバー船の使用料、燃料費、テンダーに対する報酬も含まれ、必ずしも労務提供に対する対価に限られていたものではなく(前記五4)、後記4の萬男の事業者性に照らすと、事業経営を行う事業者に対する代金の支払とみることができること、報酬全体からみると出来高給がその殆どを占めること(前記五1)、日当報酬も、潜水作業全体についての一つの契約の中での、特定の作業についての報酬計算の一方法に過ぎないこと(前記五3)を総合すると、報酬の労務の対償としての性格は弱いといえる。
4 更に、萬男は、個人企業であるとはいえ(前記六1)、潜水作業のための高価なダイバー船等を保有し、テンダーを雇用し、テンダーの給与やダイバー船の燃料代を負担して、曲がりなりにも事業者としての性格を備えており、本件事故当日の作業においても、ダイバー船等を使用し、テンダーを指揮監督した「和田潜水」という一つの事業体として、本件工事の工程に組み込まれていたといえる(前記六2、3)。
5 なお、君嶋組の代表取締役や専務取締役は、労働基準監督官に対し、萬男を、「常雇」作業の部分について、労働者と認識している旨供述しているが(前記七1)、君嶋組の萬男に対する具体的な取扱いが一般従業員と異なっており(前記七2)、また萬男の君嶋組に対する専属性が弱いものである(前記七3)以上、右君嶋組の使用者の認識を重視するのは適当ではない。
6 これらを総合考慮すると、萬男が君嶋組に労務を提供するに当たっての両者の関係に使用従属性は認められないといわざるをえず、萬男を労働者災害補償保険法の適用を受ける労働者と認めることはできない。
九 よって、萬男が労働者でないことを理由としてなされた本件処分は適法であり、他にこれを取り消さなければならない違法は認められないので、本件処分の取消しを求める原告の本訴請求は理由がない。
(裁判官 弘重一明 安藤裕子 阪本勝)